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タイムズシップコンサート

おまけ福

船の上のおはなし

「仲間はずれの新年会」

 

 

 時の船に乗り込むと、「森の出版社御一行さま」と大きな垂れ幕がかかっていた。

 

 やけになって、「あいつらに内緒でクルーズ船を貸し切る」と言い出したふくろう社長が、満足げにそれを眺めている。

 

 どんなコミュニティにもカーストは発生する。ぼくらの勤める小さな出版社にある暗黙のカースト。それは、干支に入れたかどうか、である。年末年始に虎部長や経理の牛さんが有給を申請するときの表情に優越感を感じるのは、認めたかないがつまり、ぼくのやっかみから来る偏見である。

 

 干支レースの思い出話などしようものなら、社内には一気に不穏な空気が流れる。レース日を間違えたわけでもないのに普通に十三位だったために干支メンバーになれなかったいたちくんは、レースと聞いただけでトイレから戻らなくなり、そのまま早退したこともあるぐらいだ。

 

 ふくろう社長は、血のにじむ努力をして、一代でここまで森の出版社を育ててきた。出版不況が続く中で、紙ものならなんでもやると文房具にも手を広げた。ビジネス書『ふくろう社長の多大なる苦労』は、干支メンバーのブロマイドと抱き合わせで販売され、ミリオンセラーとなった。それでも、ふくろうは干支には、入っていない。それだけで世間の風当たりは厳しい。先日ミーティングで取引先に開口一番「あ、おたくが社長なの?あんたじゃなくて、干支に入ってる子、誰でもいいから出してくれる?」と言われ場が凍ったのも記憶に新しい。暗い廊下でゆたかな羽根をぶうと膨らませ、くちばしを噛む社長のまんまるい瞳を見てしまった瞬間、鳥肌、もとい、鹿肌が立った。

 

 事務部宛に「子鹿くん、下記のメンバーで新年会をするから、船の予約を入れてくれたまえ」とメールが来たのはその夜のことだった。『下記のメンバー』を数えたぼくは、社員数からきっかり十二を引いた数で、おそるおそる予約をとった。

 

 

 

 

 今夜は甲板でコンサートがあるらしい。この寒い中、外へ出る船扉があいていた。ふくろう社長はすっかり酔っ払って千鳥足、もとい、ふくろう足…もう、何のことやらだな。

 

 どうでもいいことを考えていると、海の上でにぎやかな音楽がはじまった。船の祝い歌のようだ。

 

 

 

 「時の船、なんていうから、あの雪辱の干支レースまで時間を戻してくれるのかと思ったら、ただの観光船じゃないのよ」

 

 「まあ、まあ、鶴ちゃんはめでたい動物扱いなんだからいいじゃない。ぼくなんて一応神さまの遣いもやってるのに、みんなから子鹿ちゃん呼ばわりだよ」

 

 両前足にメモを持ち、みんなに粗品のノートを配りつつ(事務部の特権で、社長の似顔絵と対で、ブロマイドにしてもらえなかった自分の姿を表紙にした。今のところ誰もつっこんでくれない)、みんなの飲みもののオーダーを取りつつ、バイキングの隅っこにあった鹿せんべいをつまみ、お神酒を流し込む。

 

 休日だってのに、もはや接待じゃないか。やれやれ。仲間はずれの、そのまたはずれくじだ。ぼくもなんだか、酔っ払ったな。

 

 

 

 

 干支のみんなを無理矢理仲間はずれにして、森の仲間はずれたちが、海で新年会をひらいている。負け犬の遠吠え。もとい。もとい…。

 

 いつの間にか、ぼくの隣にすらりと背の高い男性が立っていた。

 

 「本日はありがとうございます。ツチヤと申します。まあ、浮かない顔をなさらず、どうです、おみくじでも」

 

 ツチヤさん。予約のメールを入れたときの船長さんの名前だ。差し出された袋から、おみくじをひとつ引いた。甲板の音楽は続いている。

 

 開いたおみくじは大吉だった。たらこくちびるの人魚が、紙の上で気だるげに笑っている。はからずも、頬が緩んだ。

 

 「ツチヤ船長。当たりくじでした」

 

 「ええ、はずれなんてありませんよ、この世のどこにも」

 

 

 どきりとした。そうか。はずれなんて、もともとどこにもなかったのかもしれないな。次があったら、憎らしいあいつらも誘いましょうよって、社長に話してみるかな。

 

 甲板では音楽が続いている。冬の海風が火照る頬に心地よい。時の波は流れてゆく。忘れたい過去もまだ見ぬ未来も、波に揺れる船を乗せて、いまここで、抱き寄せながら。

 

 時の船につどう森の仲間の新年会は、まだ始まったばかりだ。

 

 

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